三十五歳を過ぎた頃から、僕の悩みは日に日に深まっていた。鏡を見るたびに後退していく生え際、シャンプーのたびに指に絡みつく抜け毛。僕はいつしか、人と話す時も相手の視線が自分の頭に集まっているような気がして、自信を失い、うつむきがちに生きていた。薄い部分を隠そうと、前髪を不自然に伸ばしてみるも、風が吹けば一瞬で現実を突きつけられる。そんな悪循環に、心はすり減る一方だった。そんなある日、僕はインターネットで一枚の写真に釘付けになった。それは、サイドを大胆に刈り上げ、トップの髪をラフに流した、外国人のフェードカットのスタイルだった。薄毛であることは分かる。しかし、みすぼらしさや卑屈さは微塵も感じさせず、むしろ潔く、圧倒的に格好良かった。「これだ」と、僕は直感的に思った。隠すのをやめよう。この髪型に賭けてみよう。僕は震える手で、クラシカルなスタイルを得意とするバーバー(理容室)に予約を入れた。当日、僕はバーバーの重厚な椅子に座り、理容師さんに自分の悩みを全て打ち明けた。彼は僕の言葉を真摯に受け止め、力強く言った。「大丈夫です。フェードカットで、最高のあなたを引き出しましょう」。その言葉に、僕は全てを委ねる覚悟を決めた。バリカンが奏でる小気味よい音が、僕の不安を少しずつ刈り取っていくようだった。全ての工程が終わり、顔を上げた僕の目に映ったのは、全く知らない、しかし紛れもない自分自身の姿だった。サイドは青々しいほどの刈り上げから、トップへと美しいグラデーションを描いている。気にしていた生え際は、もはやチャームポイントのように見えた。そこにいたのは、うじうじと悩んでいた男ではなく、シャープで、精悍で、自信に満ちた男だった。その日を境に、僕の世界は変わった。もう、人の視線は怖くない。風が吹く日も、堂々と外を歩ける。フェードカットは、僕の髪を刈り上げただけではない。僕の心に長年こびりついていた、コンプレックスという名の分厚い壁を、見事に刈り払ってくれたのだ。
僕がフェードカットで自分を取り戻した日